休職日記02
私も休職中に心がけていることは、「絶対に引きこもらないこと」である。
引きこもると自分自身が滅入ってしまい、悪いほうへと物事を考えがちになっていしまうからだ。
友人の時間は、私にとっていい気分転換になり、天候は晴れたり局地的豪雨であったが、それでも外に出ることは、私にとって、今しなければならないリハビリである。
このような機会を作ってくれた友人に感謝をしたい。
昨日はODをやってしまったので、今日は自然のまま眠気が来るのを待ち、睡眠薬を服用して眠ろうかと思ったが、眠れる気配が無い。もう仕方が無いので、勉強をして眠気を誘うと思ったが、逆に眼が冴えてしまう。
創作活動は木を削るので、昼まで無いとできない。
昨日も市内の公共施設に行き、電動糸鋸と格闘していた。
いつの日か作品を発表できる機会が出来ればいいと思っている。
今、会社は夏休み。私にとっては半分リタイアしているようなものなので、夏休みという気がしない。本来ならば、今週と来週、通信制大学でのスクーリングを受講するはずであったが、薬の副作用で眠くなり、頭にまるっきり入らなくてとても勉強どころではなかったのと、今週は受講したい科目を登録していなかったこともあり、来週にメインである科目を受講するので、その体力温存と、疲れを取りたく、今週はスクーリング受講を断念した。20,000円が無駄になってしまったが、その分、来週のスクーリングに思い切り勉強したいと思う。
今週は創作活動と読書、それに通信制大学のリポートと卒論準備に充てて、来週に備えたい。来週までには体力を回復させたい。
でも、体力が持たない自分が非常に情けない。
今日から夏休み。夏休みはいろいろやることがあるが、生活のリズムを安定させることも大事な仕事である。しかし、今日は薬を2包飲んだが全く眠れない。頼むから薬よ、効き目を出してくれ、と思う次第だ。
この暑さと、10年来続いている不眠で眠れない。しかし、会社では薬の副作用もあり寝てしまう。そしてそんな自分に自己嫌悪。もうどうしようもないほどの自己嫌悪で、自分自身が許せない。そして、不眠=午前中で早退という図式が出来てしまい、これまたマイナス。
もう私は仕事人として限界なのか…、そう感じる瞬間を毎日かみ締めながら生きている。
今日から仕事が再開。三連休は愛知県岡崎市にいっており、ひたすら工芸品を作成していた。長閑なところでの創作活動はとても充実したものであった。
しかし今朝起きた際は、激しい頭痛に襲われて、起きるのもやっと。頭痛薬を服用して一路会社へ。会社に着いてからは仕事に追われ、その合間にカウンセリングを受けて、カウンセラーに状況報告。そして昼になり、一気に疲労感が出てしまい、フリーズしてしまった。そして今日は通院のために14時で早退した。
本当にこれからどうなっていくのか、不安でならない。
今日も不眠で眠れなかった。体調は最悪。もうどうしょうもない。もう働くことも出来ないかもしれない。連休に入るが、連休明けにはもう出社拒否状態になってしまうかもしれない。本当にヤバイ。
頭が痛い。
体が思い。
気分が優れない。
鬱状態から抜け切れない。
もう最悪だ。
もう最近はフリーズばかりしている。仕事にならない。午後になると睡魔と集中力に欠けてしまう。俺は本当にサラリーマンなのか、それとも給料泥棒なのか、自分自身のコントロールが上手くできないことが悔しくてならない。
ここ2年ほど、私は映画を観るようになった。今まで映画は興味も無く、映画館に行くこともレンタルビデオを借りることも殆ど無かった。昨日も鬱状態から少しでも脱却すること目的に、何かいい映画やドラマは無いだろうかと探していた。今週借りて観ていないが、HDDに保存したのは以下の映画とドラマ。
NHKの連ドラ・大河、ニュースとスポーツ番組と放送大学くらいしか見ない私がこれらのドラマを見て、少しでも現実から離れた世界を見て鬱病である自分を忘れさせたいと思いがある。上記のうち1と3は観たが、2と4は土日の通信制大学の面接授業が終わってから楽しもうと思う。
それにしてもDVDをHDDに保存する作業は結構時間が掛かり、これだけでも一苦労である。普段会社で仕事をしているときよりも疲れが溜まるのではなかろうか。
大した仕事をしていない私であるが、週3日勤務のノルマを達成できた。明日からは4連休で、休養と勉強の時間に充てる。傷病手当金の支給の関係で、月初の4日間は休まなければならないため、月曜日からが7月の仕事始めであった。
月曜日 フリーズして午前中で早退。
火曜日 1時間遅刻してしまったが、16時まで勤務できた。
水曜日 ホームページの更新を午前中1時間行い、あとは自習で16時まで。
といった具合の仕事内容であった。
頭痛がする、鬱状態が抜けきれない。そんな毎日を送っている私。今日から日曜日まで休暇。完全復帰出来るように体力の回復に励みたい。
今日は東京は田町にいて一日試験らしきものを受験していた。
集中していたのか、ずっと解答用紙に書きまくっている。通常ならフリーズしている時間になっても、夕方近くになっても集中力が途切れることが無かった。そして解答用紙を提出した瞬間、急にボーっとしてきたのだ。今までの自分でも驚くほどの集中力が嘘のように、鬱病モードに逆戻り。よーく考えてみたら、今日は昼の薬を飲むのを忘れていたのだ。昼忘れるときは大半が何かに集中しているときだ。今日はずっと集中していたので、その反動が来てしまったのだ。もうその後は鬱モード。フリーズして頭痛がして、考えること全てがマイナスばかり。やはり服薬は鬱病患者には避けては通れないものだと痛感した。自宅に帰る前にコンビニで酒を呑んで、気分をリラックスさせてから自宅に戻る。速攻薬を服用した。まだ頭は重いが、これから私がファンである宮崎あおいが主演の『篤姫』が始まるので、それを観れば少しは気分がまぎれるだろう。
今日は通信制大学の面接授業のため、昨晩夜行バスに乗って愛知県岡崎市に向かった。顔見知りになった同じ授業を受講している学生と話をしたが、仕事の話になると私は「会社員」「サラリーマン」と答える。確かに「会社員」であり、「サラリーマン」であることには間違いは無いが、ただ私が鬱病患者で精神障害者だということは口外していない。
ただ収入の話になると私も「安いんですよね~」というのが精一杯。30代半ばで給料が10万円ちょっとだとはとても言えない。その彼は一流大学を出ているらしく、職業もそれなりの地位のある職に付いているそうだ。年収も20代にしてはかなりもらっているそうで、私の3倍はあるのではなかろうか。
障害者は「働かせてもらっているのだから、給料が安くても構わない」と思う方が大半だと思う。むしろ私もそれに近い考えを持っている。私ももう上げてもらうだけ上げてもらったため、給料に関してはこれ以上は何も言えない。しかし、この給料で障害者年金の受給資格の無い私は親亡き後は一部生活保護を受けることになるだろう。
障害者の就労と収入、彼の話を聞いて考えさせられた。
はじめまして、鬱病歴10年の男です。管理人とでも呼んでいただければと思います。
私は1998年、当時従事していた仕事の激務が原因で鬱病になりました。鬱病歴は前述の通り10年になります。服薬は今でも欠かさず、不眠も続き、現在も精神的に非常に不安定な状態です。今服用している薬は、朝昼晩と寝る前の睡眠薬と多岐にわたります。精神障害者手帳2級を所持しております。職業は一応会社員ですが、現在傷病手当金をもらいながらの短時間勤務をしております。戦力になっていない、むしろ育成枠社員という言葉が相応しいかもしれません。
性格はとても打たれ弱い、脆い性格で自殺願望もでてしまう不安定な人間です。ただ、昨今の精神障害者(またはそのように思われる人物)は事件報道では怖い、常に凶器を持ち歩いているという悪いイメージしかもたれていません。そのようなイメージを払拭したく毎日を過ごしています。
私は争いごとは嫌いです。むやみやたらに他人を攻撃することも嫌いです。ただ、何かあると自分を責めてしまい自己嫌悪に陥るという性格です。そんな鬱病人間の日常を包み隠さずに書きたいと思っております。勿論、時にはヘビーな内容になってしまう場合もありますが、どうぞご贔屓にお願いいたします。